東京地方裁判所 昭和49年(ワ)2644号 判決 1976年11月12日
原告 金田伶子 外八名
被告 タケダシステム株式会社
主文
一 原告らの各確認請求をいずれも却下する。
二 原告らの各給付請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告は原告らに対し、それぞれ別紙未払賃金一覧表合計金額欄記載の各金員及びこれに対する第一審判決送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告らに対し、原告らの必要とする生理休暇のうち年間二四日は一日につき基本給の一日分の支払義務あることを確認する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第一項につき仮執行宣言
二 被告
主文同旨
第二請求の原因
一 被告は、電子応用測定器及び測定装置並びに電気理化学機械及び装置の製造販売を業とし、肩書地に本店を、埼玉県和光市に工場を置き、従業員四六名を雇用する株式会社であり、原告らはいずれも昭和四九年一月二三日より前から被告会社の右工場に勤務する女子従業員で、かつ、約三〇名の被告会社従業員で組織する全国金属労働組合(以下、全金という。)東京地方本部タケダシステム支部(以下、組合ともいう。)の組合員である。
二 被告会社においては、昭和四九年一月二三日より前には就業規則第二三条に「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち年間二四日を有給とする。」との規定(以下、旧規定という。)があり、右日数の生理休暇については一日につき基本給一日分の一〇〇パーセントが支給されていた。ところが被告は、右同日これを「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち月二日を限度とし、一日につき基本給一日分の六八パーセントを補償する。と変更し(以下、新規定という。)、同年一月から新規定を適用し、女子従業員の生理休暇利用に対し休業一日につき基本給の三二パーセント及び一か月三日以上の利用者に対しては三日目からは一〇〇パーセントの減額をしてきている。
三 しかしながら、右就業規則の変更は、以下に述べるとおり、労働協約に違反するものであるから、組合員たる原告らに対してはその効力を及ぼさないものである。
1 被告会社(略称TSK)は、理化学機器の製造販売を行うタケダ理研工業株式会社(略称TR)から応用機器部門を分離し昭和四六年六月に設立されたものであるが、右タケダ理研工業からは昭和四四年に株式会社タケダエレクトロン(略称TEC)、昭和四五年に株式会社アイ・テイ・アール(略称ITR)が分離設立され、形式上は四社となつたものの実質的には武田郁夫を代表者とする同一資本系統の会社で、タケダ理研を本社とし他の三社はこれと有機的連繋を保ちつつ「オール・タケダ」として一社のように機能し、被告会社はタケダ理研システム工場といつた地位を占め、法人としての自主性は有していない。
また、労働組合関係をみると、タケダ理研には全金タケダ理研支部があり、タケダエレクトロンにはテツク労働組合、アイ・テイ・アールにはアイ・テイ・アール労働組合がいずれも企業内組合として結成され、また被告会社にも昭和四六年一一月前記のように全金タケダシステム支部が結成されている。そして、昭和四八年秋ごろから訴外三社の各組合は団体交渉を統一して行うようになつたが、会社側は全金タケダシステム支部を統一交渉に参加させるのを拒否している。
昭和四九年一〇月一日、訴外三社は合併してタケダ理研工業株式会社となつたが、被告会社は右合併に参加していない。
2 ところで、昭和三九年一二月三〇日タケダ理研と全金タケダ理研支部は生理休暇に関し「年間二四日とし、それ以上の日数については無給とします。」との協定を結び、これは翌四〇年の就業規則に採り入れられ、実際にも保障されていた。そして、昭和四六年六月被告会社設立に際し、タケダ理研と全金タケダ理研支部との間で「TSK社員の基本的労働条件は、TR、ITR、TECと同じであり、オールタケダの成果にもとづいて決定される。」との内容の協定が結ばれ、被告会社における労働者の権利がタケダ理研当時より低下することのないような措置がとられた。被告会社設立後は直ちに就業規則に前記の保障規定(旧規定)が盛り込まれ実施されてきたのである。
以上の経過と被告会社独自の人格が認められない情況からみて、昭和三九年協定は被告会社の従業員についても既に労働協約によるものとして労働契約の内容になつているものであるから、本件就業規則の変更は協約違反として原告らにその効力は及ばないものである。
3 被告会社と全金タケダシステム支部は、昭和四七年六月覚え書と題する協定を結び、そのなかで「他組合と協定した労働条件については、会社から申し入れ、協議協定のうえ実施する。」と定めた。右の「他組合と協定した」というのは、前記訴外三社の各組合がそれぞれその対応する会社と協定することをいい、「協議協定のうえ実施する」というのは、文字通り協議をつくし双方合意して協定化された場合にはじめて実施するの意味であつて、生理休暇に関しては他組合は本件新規定と同一内容の協定を結んでいるが、そのような場合でも協定化されない限り被告会社は例えば本件の場合のように就業規則を一方的に変更するなどして強行実施することはできないことを意味している。そして、右覚え書協定以後、生理休暇以外の問題についてはその趣旨に沿つて実行されているのであるが、本件生理休暇問題については合意が成立せず従つて協定化されないにも拘らず被告は就業規則の変更を強行したものであるから、前記覚え書による協定すなわち労働協約に違反してなされた本件就業規則の変更は、組合員である原告らにその効力を及ぼさないものである。
四 また、右就業規則の変更は、原告ら女子従業員の既得の権利を奪い、一方的に労働条件を不利益に変更するものであるから、原告らにその効力を生じないものである。すなわち、右変更は、次の諸点において女子労働者に不利益となるものである。(1)旧規定においては生理休暇一日につき基本給一日分の一〇〇パーセントを保障していたのに、新規定ではこれを六八パーセント保障に切り下げ、保障の金額も低くなつている。また、基本給の計算方法においても、新規定においては旧規定よりも不利益になつている。(2)旧規定では年間二四日有給とされていたのを、新規定では一か月二日有給と変更された。生理は一か月に一度とは限らず、一度もないこともあれば二度あることもあり、本来生理毎の生理休暇の取得を保障すべきであつて、旧規定のもとにおいては各人が自分の状況に合せて有給保障の権利を行使することができるのに対し、新規定によつては二度目の生理(三日目、四日目)についての保障を全く欠くことになり、労働条件の低下になることは明らかである。
五 原告らは、昭和四九年一月以降別紙未払賃金一覧表の各月の生理休暇日数欄記載のとおり生理休暇を請求利用し、各月の金額欄記載のとおり賃金を減額され、その合計金額は合計金額欄記載のとおりである。従つて、原告らは被告に対し合計金額欄記載の額の未払賃金請求権を有する。
六 よつて、原告らは被告に対し右未払賃金及びこれに対する弁済期後である第一審判決送達の日の翌日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の範囲内の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、並びに、被告は本件就業規則の変更を有効と主張して賃金カツトを行うので、被告に対し、原告らの必要とする生理休暇のうち年間二四日は一日につき基本給の一日分の支払義務あることの確認を求めるものである。
第三請求原因事実に対する答弁
一 請求の原因一の事実中、原告らが組合員であるかどうかは知らない。その余の事実は、認める。
二 同二の事実は、認める。
三 同三2の事実のうち、タケダ理研と全金タケダ理研支部との間に生理休暇に関し原告ら主張の協定が結ばれ、その趣旨が就業規則に組み込まれたことは認める。
同三3の事実のうち、被告と全金タケダシステム支部との間に原告ら主張の協約が締結されたことは認めるが、右協約の条項は労働条件のうち旅費についてのものであり、また、右条項は被告会社が全金タケダシステム支部以外の組合と協定を結んでも当然には右支部に効力を及ぼすものではないという自明の理を確認したまでのものにすぎない。
四 同五の事実は、認める。
五 請求の趣旨二項の「原告らの必要とする生理休暇」というのは特定性を欠き確認の対象として不適格であり、「旧規定に従つて生理休暇を保障する義務」というのは抽象的な権利関係であつて確認の利益のない不適法な訴である。
第四抗弁
本件就業規則の変更は、以下に述べる各理由により、合理性を有するものである。
一 まず、本件就業規則を変更したのは、生理休暇制度が濫用されていることによるものである。すなわち、生理休暇は労基法六七条にあるとおり「生理日の就業が著しく困難な女子または生理に有害な業務に従事する女子」が請求できるものであるところ、「生理日の就業が著しく困難な」ものを医学上月経困難症というが、月経困難症は女性の約一〇パーセントそれも未婚者の思春期に多いものであるのに、被告会社女子従業員は既婚で子供があり、年令も高い者が多い。また、「生理に有害な業務」に該らない業務に従事している者が殆んど全員である。すなわち、原告らの年令(昭和四九年七月一三日現在)、既婚未婚の別、子供の有無、担当業務は次のとおりである。
金田伶子 二七才 未婚 事務
新井田直美 三〇才 既婚 一児 製品検査
姉帯雅子 四五才 既婚 一子 軽作業(坐り仕事)
篠田良子 四二才 既婚 二子 軽作業(坐り仕事)
大野梅子 四六才 既婚 二子 軽作業(坐り仕事)
藤田晴美 二二才 既婚 事務
原田とみ 五六才 寡婦 三子 事務
長田正子 二三才 未婚 事務
阿部キヨ 二九才 既婚 二児 事務
しかるに、これらの被告会社女子従業員が別表(一)、(二)の1ないし9に示すように確実に毎月二日、一年に二四日の生理休暇をとつており、しかも土曜日、日曜日及び土、日曜以外の休日の前後に生理休暇をとつている場合が多い。その結果、労働省の女子保護実施状況調査(昭和四六年度)による生理休暇の一人年間平均休暇回数五・九回、年間平均休暇日数八・二日、一回の平均休暇日数一・四日に比べて原告らの状況は著しく多いばかりでなく、被告会社のような製造業だけに限つてみれば、右の数字はそれぞれ五・三回、六・八日、一・二日であつて、原告ら被告会社女子従業員の生理休暇の濫用は目に余るものがある。
二 次に、本件就業規則を変更したのは、近年基本給が大幅に上昇しているので生理休暇手当に一定の限度を設ける必要に迫られたことによるものである。すなわち、生理休暇手当は賃金の一種であるが、他の手当と同様基本給の補完作用をなすものであるところ、基本給が昭和四六年当時から急速に上昇し、昭和四八年一〇月には組合から賃金及び賞与増額の申入れがあつたので、被告は組合が生理休暇を月二日、基本給の六八パーセント保障という案を受け入れるならば賃金及び賞与の三〇・三パーセント増額を認める旨回答したが、生理休暇に関して組合の同意が得られないままに賃金交渉が妥結したので、被告はやむなく就業規則を変更したものである。
就業規則中生理休暇に関する旧規定と新規定とを比較した場合、旧規定当時は実際上基本給の一〇〇パーセントを支給していたのを新規定においてその六八パーセントに変更したことは形式上労働者に不利益といえるが、実質的にこれを見れば、従来就業規則では単に有給とすると規定していたのを六八パーセントと明確にしたものであること、また、生理休暇手当の額は新規定によつても旧規定の場合とほぼ同額であること、更に補完作用としての生理休暇手当の比重が相対的に低下するほど賃金総額が大幅に上昇していることにおいて、本件の就業規則の変更は労働者にそれほどの打撃を与えるものではない。また、被告会社においては、他の一般企業が与えている休日のほかにかなりの日数の休日または有給的休暇を与えているので、それ以上に一〇〇パーセント有給の生理休暇を与える理由に乏しいし、他方、生理休暇をとつた場合には出勤率加給及び賞与の算定については欠勤、遅刻、早退とみなさず、生理休暇をとるにつき配慮している。以上の諸点からみて、本件の就業規則の変更は、合理性を有するものである。
ちなみに、昭和四四年及び四五年の労働省女子保護の概況によれば、生理休暇日を無給とする事務所数は四三・二パーセント、有給とする事務所数は五六・八パーセント、全額有給の事務所数は五一・三パーセントであり、製造業だけをとつてみるとそれぞれ六二・七パーセント、三七・三パーセント、二九・四パーセントで、被告会社の労働条件は新規定によつてもとりたてて悪いということはない。
第五抗弁に対する答弁
原告らの年令、既婚未婚の別、子供の有無別表(一)、(二)の生理休暇の取得状況が被告主張のとおりであること、生理休暇をとつた場合には出勤率加給及び賞与の算定については欠勤、遅刻、早退とみなさない取扱であることは認める。原告らの殆んど全員が生理に有害な業務に該らない業務に従事しているとの主張は争う。
第六証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一の事実は、原告らが組合員であるかどうかの点を除いて当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば原告らはいずれもその主張のとおりの組合員であると認められる。
二 請求の原因二の事実は、当事者間に争いがない。
三 原告らは、本件就業規則の変更が、被告と組合との間の労働協約に違反するから、組合員たる原告らに対してはその効力を及ぼさないと主張するので、右主張について判断する。
1 昭和三九年協定違反の主張について
被告会社(略称TSK)が理化学機器の製造販売を行うタケダ理研工業株式会社(略称TR)から応用機器部門を分離し昭和四六年六月に設立されたものであること、なお右タケダ理研からは昭和四四年に株式会社タケダエレクトロン(略称TEC)が、昭和四五年には株式会社アイ・テイ・アール(略称ITR)が分離設立されたことは被告の明らかに争わないところであり、また、昭和三九年一二月三〇日タケダ理研と全金タケダ理研支部との間で生理休暇に関し「年間二四日とし、それ以上の日数については無給とします。」との協定が結ばれ、その翌年に右の趣旨が就業規則にとり入れられたことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第三号証、証人水谷速雄、同中山允宏の各証言によれば、昭和四六年六月被告会社設立に際し、タケダ理研と全金タケダ理研支部との間で「(1)TSK社員の身分はTR、ITR、TEC社員と同等でありオールタケダの社員として扱う。(2)TSK社員の基本的労働条件は、TR、ITR、TECと同じであり、オールタケダの成果にもとづいて決定される。(3)TR、ITR、TEC、TSK四社間の人事交流は通常の配転と同じように行われる。異動にあつては形式的に入社、退社の手続をとるが、実質的には通常の配転と同じものとして扱う。(4)TR、ITR、TEC、TSK四社間の勤続年数は、相互に通算し、異動にあたつては退職金は支給しない。(5)TSKが業績不振等により、事業縮少、閉鎖、吸収合併等の事態を招いた場合、TSK社員の身分については、オールタケダの見地から、タケダ理研工業株式会社が責任をもつ。」と協定が結ばれたこと、被告会社設立後直ちに就業規則にタケダ理研と同じ内容の生理休暇に関する規定(旧規定)が盛り込まれ実施されてきたことが認められる。
原告らは、右経過と被告会社がオールタケダの一員として独自の人格を有しない情況からみて、昭和三九年協定は被告会社の従業員についても既に労働協約によるものとして労働契約の内容になつているものであると主張するが、証人水谷速雄の証言によれば、原告らの加入する全金タケダシステム支部は全金タケダ理研支部とは別個に結成された労働組合であり、その結成時期は被告会社設立後数か月経過した昭和四六年一一月であつて、組合結成に際しタケダ理研と全金タケダ理研支部との間に締結されている協定を承継する趣旨の方策を被告との間で何ら講じていないし、生理休暇についても独自に被告会社との間に協定を結ぶことをしないまま現在に及んでいることが認められるのであつて、前記昭和四六年協定を足がかりにしても昭和三九年協定自体が被告と全金タケダシステム支部との間の協約に転化しているとはいえないし、いわんや被告会社設立後に至つても被告会社従業員の労働契約がタケダ理研と全金タケダ理研支部との間に締結された協約に裏づけされているものとは到底解されないから、原告らの右主張は理由がない。
2 昭和四七年協定違反の主張について
被告と組合が昭和四七年六月締結した協定の中に「他組合と協定した労働条件については、会社から申し入れ、協議協定のうえ実施する。」と定められていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、証人中山允宏、同水谷速雄の証言によれば、右は同年の春闘で被告会社を除くオールタケダ三社が旅費規則に関しそれぞれの労働組合と改定の協定をしたが、これを知つた全金タケダシステム支部が右改定は組合にとつても有利な事項であるとして他三社と同旨の協定を被告と締結した際に付加して協定されたものであり、その趣旨は右のような他社における労働条件の変更は組合では把握できないこともあるし、オールタケダの一員として会社側がよく知つていることであるから、会社から申し入れて協議協定のうえ実施することにしたものであることが認められる。
ところで、証人水谷速雄、同鎌野泰彦の証言によれば、生理休暇についてはタケダ理研では年間二四日有給で、現実には基本給の一〇〇パーセント保障、他の二社では無給であつたところ、昭和四八年末の賃上交渉に際して各会社側と組合側との間で本件新規定と同趣旨の協定が成立したことが認められるが、これをもつて原告らは生理休暇の件ないしは本件新規定のように変更する件は前記昭和四七年協定にいう「他組合と協定した労働条件」にあたるとし、組合との協定が成立しなければ実施できないと主張するもののようである。しかし、右は全くの誤解ないし曲解であつて、昭和四七年協定は就業規則に規定されている労働条件までも(それと同旨の協定がたまたま他社とその組合との間で締結されたということだけから)組合の同意がなければ変更しえないとする趣旨を含むものではなく、そのようなこととは全く無関係の協定であると解されるから、原告の右主張は理由がない。
四 そこで、本件就業規則の変更が合理性を有するかどうかを検討する。
1 「新たな就業規則の作成又は変更によつて、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいつて、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続による改善にまつほかはない。」(最判昭和四三年一二月二五日民集二二巻三四五九頁)
2 したがつて、本件就業規則の変更が、これによつて既得の権利を奪い労働者に不利益な労働条件を一方的に課するものであるかどうかがまず問題になる。生理休暇に関して旧規定により労働者が得ていた労働条件をみると、その文言は「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち年間二四日を有給とする。」というものであつて、右規定にもとづき事実上生理休暇一日につき基本給一日分の一〇〇パーセントが手当として支給されていたことは当事者間に争いがなく、また解釈上年間二四日の範囲内であれば、月三日以上にわたつて生理休暇を必要とする場合でも、二日を超える分についても有給とされ得たものである。これに対し、新規定は「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち月二日を限度とし、一日につき基本給一日分の六八パーセントを補償する。」というものであつて、生理休暇一日について基本給一日分の三二パーセントの減額をうけるという点と、月二日を超える分については無給とされるという点において旧規定により労働者が得ていた利益(権利とまでいえるかは問題である)を奪い、労働者に不利益な労働条件を課することになつたことは明らかである。
3 そこで、新規定が合理的なものであるかどうかを検討する。もともと生理休暇については、労基法六七条は「使用者は、生理日の就業が著しく困難な女子又は生理に有害な業務に従事する女子が生理休暇を請求したときは、その者を就労させてはならない。前項の業務の範囲は、命令で定める。」と規定するのみで、生理休暇日を有給とすべきかどうかには触れていないから、新規定の「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。」の部分だけで本件就業規則は右の法の要請を充たすものということができ(この点は、旧規定も同じである。)、「そのうち月二日を限度とし、一日につき基本給一日分の六八パーセントを補償する。」という新規定部分そのものが合理的なものであるかどうかは、右労基法の規定との関係では問題にならない。そして、既に生理休暇日のうち年間二四日については一日につき基本給一日分の一〇〇パーセントの手当を支給するという旧規定が存し、これが女子労働者にとつて既得の利益とされていることは前説示のとおりであるから、結局問題は、右旧規定との関連で新規定が合理性を有するかどうかに帰着するというべきである。つまり、本件においては、新規定の合理性とともに、旧規定を変更することの合理性が問題になると考えられる。
(一) 被告はこの点について、まず、本件就業規則を変更した理由は、被告会社女子従業員が労基法の要件を充たさないのに、すなわち、生理日の就業が著しく困難な状況にないし、また生理に有害な業務に従事しているものでもないのに、確実に毎月二日、一年に二四日の生理休暇をとり、しかも土曜日、日曜日その他の休日の前後にとる場合が多く、生理休暇制度を濫用していることにある、と主張する。
原告らの年令、既婚未婚の別、子供の有無が被告主張のとおりであり、原告らの昭和四六年七月一日から昭和四九年三月三一日までの生理休暇月別年度別の取得日数が別表(一)、同期間の個人別生理休暇取得日が別表(二)の1ないし9のとおりであることは当事者間に争いがなく、証人鎌野泰彦の証言によれば、原告らは被告会社女子従業員の全員もしくはそれに近い人数を占めていること、原告らの担当業務は、原告新井田が製品検査業務、同阿部、姉帯が生産管理・出荷に関する事務、同原田が図面管理に関する事務、同大野、篠田が資材関係の業務、同長田、藤田が資材の発注に関する事務であることが認められ(同金田の担当業務は弁論の全趣旨から事務職であると認められる。)、原告新井田、大野、篠田を除くその余の原告らはいずれも事務職であり、右三名にしても労基法六七条、女子年少者労働基準規則一一条にいう「生理に有害な業務」に従事していることを認めるに足りる証拠はない。他方、弁論の全趣旨から成立の真正を認め得る甲第三二号証と右証言によれば、労働省の女子保護実施状況調査による生理休暇実施状況は、昭和四五年においては生理休暇を年間一回以上請求した者の割合は二三・三パーセント、年間平均休暇回数五・二回、年間平均休暇日数七・二日、一回の平均休暇日数一・四日、被告会社のように従業員五〇名程度の企業では、右各項目はそれぞれ一四・九パーセント、六・三回、八・九日、一・四日であり、同じく産業別にみた生理休暇実施状況は、被告会社のような製造業における右各項目はそれぞれ二四・四パーセント、四・九回、六・二日、一・三日であること、若干の労働組合の調査では右各数字を上廻るものもあるが、それでも原告らが取得しているほど高い程度のものはないこと、タケダ理研での生理休暇の請求の割合は二〇パーセント、他二社では三パーセント程度であることが認められる。
これによつてみれば、原告らが被告会社女子従業員の全員もしくはそれに近い数であつてその業務が必ずしも労基法、女子年少者労働基準規則所定の業務にあたるとは認められないにも拘らず、前記のような生理休暇取得状況を示していることは、仮に労基法六七条の「生理日の就業が著しく困難な」事情にある場合もありうること(この事情は証拠上認められないが)を考慮に入れても、生理休暇(有給)制度を濫用していると認めざるをえないところである。そして、生理休暇の請求は性質上その都度医師の診断書等の証明を要求すべきものではないが、それだけに請求にあたつては女子従業員の労働者としての自覚にもとづいた誠実な行使が要請されるのであつて、真実生理でないのに生理に藉口して有給の休暇を請求しようとしたのであればもちろん、前記労基法の要件を充しているものでない場合には、労働契約上の信義に反するものであることはいうまでもない。このような生理休暇制度を濫用する女子従業員に対しては、使用者は制度の趣旨を啓蒙してその自覚を促し、もつて適正な行使をなさしめる等濫用を抑制する方策を一方において講ずべきものであつて、濫用があるからといつて正当な請求までも制限し、あるいは無為に既得の保障を削減することが許されるものではないが、原告らの場合のように女子従業員の全員もしくはそれに近い数の者が前記のような生理休暇取得状況を示し、本訴請求の趣旨に照らしても右状況が今後とも継続されると考えられる以上は、これにより生ずる企業の負担との調整をはかる趣旨をもつものとして、生理休暇に関する就業規則を変更する合理的理由の一となりうべきものである。
(二) 被告は、次に、本件就業規則を変更した理由として、生理休暇手当は他の手当と同様基本給の補完作用をなすものであるところ、基本給が近年大幅に上昇し、補完作用としての比重が相対的に低下してきていること、その他被告会社の場合は生理休暇手当を減額しても労働者にそれほど不利益を与えるものではない事情があることを挙げる。
生理休暇手当の性格につき考えるに、被告の主張する基本給の補完作用の意味が明確であるとはいえないが、たとえば住宅手当、家族手当、通勤手当のように住宅事情、家族構成、通勤事情等の労働外の事情によつて基本給に喰込む出資を余儀なくされ、基本給の実質的に労働力に見合つたものでなくなるおそれがある場合に、基本給をして労働力に見合つたものたらしめる作用を営ましめるものとして支給されるものを補完というならば、生理休暇手当は生理に伴い就業を相当としない状況にある場合に、もともと休暇欠勤によつて当然減額となるべき基本給をその故に減額しないとするものであつて、基本給の補完作用をなすものであるよりも女性保護の政策的作用を営むものというべきである。労基法は生理休暇の自由を保障するだけで、これを有給とするか無給とするかは労使の自由な決定に任せているが、有給とすれば生理休暇をとりやすくし、一〇〇パーセント有給とすれば女性保護の面からは最も望ましいものであることはいうまでもないが、反面、右支給率を高めれば高めるほど、生理でありながら休暇を必要としない程度のため就労する女子との間に均衡を欠く面があり、また濫用の弊を生じやすいことは明らかである。逆にこれを無給とすれば、生理休暇をとりにくくなり、休養を必要としながらも無理な就業をして法の要請が達せられない弊害も考えられる。その調和をどこに求めるかが生理休暇手当を設ける場合に考慮すべき最重点であることはいうまでもないが、生理休暇手当は広い意味で労働条件の一ではあつても労働の対償としての賃金の性格を有するものではないから、一たび与えたものは労働者の同意のない限り絶対に奪いえないという性質のものではなく、労働協約に牴触しない以上、生理休暇手当支給を定める就業規則の規定を右の調和を害しない範囲で変更することも可能というべきである。
(1) 新規定は、旧規定にもとづく運用が生理休暇に基本給一〇〇パーセント支給としていたのを六八パーセント支給と変更するものであるが、六八パーセントという割合自体についてみると、生理による休養をやめてまでも就労を余儀なくされるほど低いものではないし、就労しない者に対する手当としても相当といつて差支えない。逆に、一〇〇パーセント支給という建前も、生理でありながら休暇をとらない人との均衡や濫用という面からみて必ずしも合理的であるとはいえない。
(2) 成立に争いのない甲第一一号証によれば、被告会社の昭和四九年度の基本給は前年度に比し平均約三〇パーセンと増加したことが認められるが、これによれば昭和四九年度の基本給の六八パーセントに該る金額は前年度の基本給の約八八パーセントに該る額となり、したがつて前年度に比し生理休暇手当は約一二パーセント程度の減額となる計算であるが、旧規定の運用上従前は基本給の一〇〇パーセントを保障の増加率と同率の生理休暇手当を支給すべき就業規則上の根拠は存しないものであつたから、昭和四八年度の支給金額を下廻らない限り手当を減額したとはいえないし、新規定によれば昭和四九年度は金額において約一二パーセントの減額になるとしても、これは就業規則上に基本給に対する相当な割合を明記しようとする場合に適正な基準を策定することとの関係で一時的に生じたものであり、やむをえないものというべきである。すなわち、基本給に対する割合が就業規則上明記されれば、次年度以降は基本給の上昇に伴い当然生理休暇手当も上昇していくことは明らかであり、基本給の大幅な上昇を考慮すれば一時的に約一二パーセント前後減額したからといつて、既得の利益を奪つたとまで評することはできないのである。
(3) 旧規定において生理休暇有給日数を年間二四日としていたのを新規定において月二日と変更したことは、月三日以上の生理休暇を必要とする場合には不利益になるといえないこともないが、逆に一回に数日有給の休暇をとつた場合には他の生理の際に無給になることは避けられないところであつて年間を通ずればいずれが有利か不利かにわかに断じがたいし、通常は一回に二日休暇をとれば就労上支障はないと考えられるから、右変更は合理性がないとはいえない。
(4) 被告会社においては、生理休暇をとつた場合にも出勤率加給及び賞与の算定にあたつて欠勤、遅刻、早退とみなさない取扱いであることは当事者間に争いがないところであるから、生理休暇をとることについて被告会社は充分配慮していることがうかがえる。
(5) 前記のとおり、本件新規定の提案をし昭和四八年末には、オールタケダの被告会社を除く三社についても同様の提案がなされ、三社の各組合はいずれも会社側の提案を受入れ、本件新規定と同じ内容で妥結しているが、三社のうちタケダ理研は従前は被告会社と同じく年間二四日基本給一〇〇パーセント保障であつたものである。
以上(1)ないし(5)に判示した諸事情を勘案すれば、本件新規定の内容は生理休暇の有給を保障するものとして相当なものというべきである。
4 右3に判示したところにより、被告が就業規則の旧規定を新規定に変更したことについては合理的な根拠があり、新規定の内容も合理的なものと認められるから、原告らの同意がなくても、原告らに対しその効力を及ぼすものといわなければならない。
五 そうとすれば、新規定の適用がないことを前提とする原告らの本訴給付請求は、その余の点を判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。
また、原告らの確認請求は、具体的権利関係についての確認を求めるものではなく、原告らが旧規定の適用を受けるべきものであるとの就業規則変更に関する解釈を求めるものであつて、確認の訴の対象とはならないから、不適法な訴として却下すべきものである。
よつて、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 西山俊彦 原島克己 仲宗根一郎)
(別表、別紙省略)